sappalenia’s blog

無責任な戯言です

思考の無い世界

 Aは、暗闇の沼底に膝をつく自らの事実を認識した。それはまったく唐突で、Aは先刻までの白昼の記憶をまざまざと思い出したが、しかしそれは今となっては遥か遠くの事だった。

 Aがそれを認識した時、彼は暗く広い出口の無い沼底で独り涙を溢れさせることしか出来ない自分を知る。それはまるで、自己の内に広がる黒い淵にまで身を埋没させるような心地がする。

 

 Aが思考をやめたのは、願ってのことではない。ある時、Aの知人が亡くなった。Aは不穏な気持ちになった。それは自分がどのような態度をとっていいか分からなかったからだ。Aは自身のそんな不安定な心のありようを恐れ、恥じた。なぜなら、人の死ぬということ、それも自身の知るところの人が亡くなってしまったというのに、Aは冷静に自身の立ち振る舞いがどうあるべきかをまず考えたからだった。それはAからすれば、心の所作ではなくただの現状対処としての思考だった。そこでAは自身についての非情な人間性を思い知らされることとなる。Aはそんな時、思考することに恐怖を感じ、そしてそれから他人を想い、その心を感じることの一事を信じた。

 それがAを沼底に落とし込んだことは、今を以て明白である。